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◇◇◇野澤の想い(1)◇◇◇
ちょうど10年前の春、中学生になる前の春休みのこと。平穏無事に暮らしてきた私にとって、衝撃的なことがありました。それは、ある小学生キャンプに一週間、行ったときのこと。Sくんという、かなりひょうきんなおもしろい男の子も参加していました。Sくんは本当に愉快で、いつも明るく、私はSくんと話をしているのが好きでした。会話が成り立たないこともよくあったのですが、それもまたおもしろく、大好きでした。
ある時、女の子たちでお風呂に入っていたときのこと。私が”楽しい人”「Sくん、おかしいなぁ」と言うと、周りの女の子が「今更何言ってるの梨恵ちゃん、Sくん障害者やで。知恵遅れやん」と言いました。続けて「前からあんまり話せんとき、って言ってあげようと思っててん」と。
私はびっくりして何も言えませんでした。私はこのときまで「障害者」という人の存在に触れることが一度もありませんでした。身近に障害を持った人が一人もいなかったからです。差別や偏見があるとかいうことさえも、全く知りませんでした。どうして「話せんとき」となるのか、全く理解できませんでした。理解ができなかったと言うよりも唖然としてしまい、これが社会一般の認識なのかと呆然としてしまいました。
それでも次の日からも私はSくんとは今まで通りに接していました。でも、周りの仲間たちがSくんに対して、遠くから見ているだけの冷たい対応をしていることに気がつきました。今までもそうだったのか、私が気がついていなかっただけなのかわかりませんが、とにかく、誰も親しげに話をしている子はいませんでした。この事実に、ただショックを覚え、キャンプから戻り、中学校に入学しました。
私が今までの短い人生の中でいかに、偏った人間関係だけで過ごしてきたのかを実感していました。もっと知らなければならない社会がある、そう思っていました。
そんな矢先、友人が仲間教室(養護学級のこと)のボランティアを一緒にしないかと誘ってきました。私にとってはグッドタイミング、二つ返事で共に中学生障害者問題研究会(通称:障問研)に加わりました。そして何週間か後、障害者と健常者の入学祝パーティーがあり、初めてのボランティア活動に参加することになったのです。
前の晩、何の経験も知識もない私に、明日、ボランティアとして参加して、一体何ができるのか、ずっと考えていました。ものすごく緊張して眠れない夜を過ごしました。そして翌朝、この夜に私が抱えていた不安や緊張はこの一日で全く考えが一転することになるとは思いもせず、緊張した面もちで友人と共に会場へ向かいました。 ((2)へ続く)
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